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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1558号 判決 1961年12月20日

第四銀行

理由

本件約束手形の表面中の株式会社第四銀行内野支店のゴム印・支店長畠山芳蔵名下の丸印及び右銀行名上の角印の各印影が、何れも昭和二十四年七月三十日当時控訴銀行内野支店において使用していた印章によつて押捺されたものであることは控訴人の認めて争わないところであるが、右争のない事実と証拠とによれば、控訴銀行内野支店長畠山芳蔵が訴外小柳俊郎と共同して本件約束手形一通を振出した事実が認められる。

そして右手形が控訴銀行内野支店長畠山芳蔵によつて振出されたのは、右畠山支店長がその頃訴外小柳俊郎・長谷川康次等から、他人の信用を得る手段としてこれを見せるだけのものであるから、署名捺印されたい旨懇請されたので、右手形に既に記載してあつた振出人小柳俊郎の名下の傍に控訴銀行内野支店長としてその氏名を記載し、これに捺印して、受取人欄を記載せずに右小柳等に交付したものであること、右受取人欄は右小柳等において被控訴人の名を記載補充したこと、及び右小柳は当時被控訴人の代理人である訴外野沢浩との間に靴下五千打を代金七百八十万円で買受ける旨の売買契約を締結したので、その代金の一部支払のために右手形を右野沢に交付したものであることは、何れも控訴人の自認するところである。もつともこの点の控訴人自認の事実は被控訴人はこれを否定し、被控訴人の主張するところは、右手形は昭和二十四年六月二十六日被控訴人の代理人野沢浩と控訴銀行内野支店長畠山芳蔵との間に被控訴人製造の靴下五千打を代金七百八十万円で売渡す旨の売買契約が成立し、その代金の一部支払のために右畠山支店長が小柳と共同して振出し、これを被控訴人の代理人野沢浩に交付したというにあることが認められるけれども、証拠によつてみると、右被控訴人主張の事実を認めるに足らず、却つて右の控訴人主張の事実が認められるところである。

そこで、控訴人主張の前掲(一)の(イ)ないし(ハ)の抗弁について判断するのに、

一、右(一)の(イ)の抗弁について。株式会社である銀行の支店長は、その取締役又は支配人でない者であつても、商法第四十二条第一項、第三十八条第一項により、裁判上の行為を除き、支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされ、営業主に代つてその営業に関する一切の行為をする権限を有するものであり、従つて銀行の支店長は、銀行の内規等によつて特別の制限を受けることのあるのは格別、一般にはその支店における営業に関し銀行のために手形を振出す権限を有するものというべきであるから、これを控訴人主張のように、一般にその手形振出の権限を有しないものということはできない。この点の控訴人の主張は理由がない。

二、右(一)の(ロ)の抗弁について。控訴銀行が控訴人主張のように他の地方銀行との間の規約によつて、銀行の手形振出は銀行の代表者である頭取によつてのみすべきことと定められた事実は、鑑定人牧村四郎、天野達の各鑑定結果によつては未だこれを認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。もつとも右鑑定の結果を綜合すると、銀行が約束手形を振出す場合は資金の受入又は借入等の場合であるのを通例としその他にはその手形振出の必要はなく、従つて、銀行の支店長が上記の場合のほか第三者との一般取引において銀行のために約束手形を振出すことは普通には行なわれないものであることが認められるが、このような場合に振出された手形でも直ちに無効の取扱を受けるものでないことは右鑑定の結果によつても明らかなところであり、その第三者又は手形取得者の悪意のあることをもつて対抗しうる場合でない限り、銀行においてその手形上の請求を拒否し得ないものというべきである。そして被控訴人の代理人である野沢浩において、本件手形授受の際、控訴人主張のように、控訴銀行と他の地方銀行との間に手形振出につき前記のような定めのあること、又は控訴銀行において手形振出の権限のあるのはその代表者である頭取に限られその他の役職員には手形振出の権限がなく、従つて畠山支店長に本件手形振出の権限がなかつたこと等の事情を知つていたという事実は、これを認めるに足りる証拠がない。この点の控訴人の主張も理由がない。

三、右(一)の(ハ)の抗弁について。被控訴人が昭和二十四年八月十日本件手形を訴外第一銀行大崎支店に裏書譲渡し、更にその支払拒絶証書作成期間経過後である同年十月十日同銀行から戻裏書を受けたことは、当事者間に争のないところであるが、証拠を綜合すると、右手形の表面上欄には「大崎第一、商手、一二一」の押印があり、これに少し重ねて「第一大崎、消」の押印があり、何れも右第一銀行大崎支店において押捺したものであるが、右手形はもともと被控訴人において取立委任の目的で右第一銀行大崎支店に裏書譲渡したもの(隠れたる取立委任裏書)であり、右銀行より割引を受けたものではなく、それが更に右第一銀行大崎支店より満期前の昭和二十四年九月二十一日控訴銀行本店に取立委任のため裏書譲渡されたが、その後被控訴人から右第一銀行大崎支店に対し取立委任を取消したい旨申出があつたので、右銀行は満期の日である同年九月三十日控訴銀行に右手形の返還を求め、その返還を受けた上自己の取立委任裏書部分を抹消し、改めて同年十月十日これを戻裏書の方法により被控訴人に譲渡返還したものであることが認められる。右手形表面に「商手」の押印のあること及び右手形が右第一銀行大崎支店に対する裏書部分を抹消する方法によらず戻裏書の方法により被控訴人に返還されたことだけによつては右認定を動かすに足らず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて、本件手形上の権利は右裏書にかかわらず依然として被控訴人に属し、右第一銀行は手形の取立委任を受けたものに過ぎず、その手形上の権利を譲受けて取得したものではなく、被控訴人は右裏書記載を抹消する代りに戻裏書の方法により手形の返還を受けその所持人となつたものに過ぎないから、控訴人主張のような右第一銀行に対する人的抗弁をもつて被控訴人に対抗し得ないものであることは明らかである。この点の控訴人の主張もその理由がない。

しかして、本件手形につき、控訴人が被控訴人主張の昭和二十四年十一月四日被控訴人から支払要求の呈示を受けたことは、控訴人の認めるところであるから、控訴人は被控訴人に対し本件手形金二百六十万円及びこれに対する昭和二十四年十一月五日以降完済まで年六分の割合による損害金を支払うべき義務がある。よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決(第一審判決)は結局相当に帰し、本件控訴は理由がない。

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